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2007年6月

ZARD坂井泉水 追悼 転落【怪】死全真相&マル秘写真

ZARD坂井泉水 追悼 転落【怪】死全真相&マル秘写真

地上約3mの非常階段から転落死……。坂井泉水は、その最期までミステリーに満ちていた。
40年の人生の軌跡、ガン闘病、「死」の真相、そして、入院中の知られざる「秘話」。
徹底取材で、すべてを明らかにする──。

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もう、ガンで死ぬような時代じゃなくなったでしょう。塩沢ときさんだって、30歳でガンに冒されたけど、79歳まで頑張って生きたじゃない。ガンになって何回も(病院を)出たり入ったりしても、長生きしている人もいる。だから、私も希望を持って頑張るからね」

 死のおよそ1週間前、『ZARD』のボーカルで作詞家の坂井泉水(享年40)は、去る5月17日に亡くなったタレントの故・塩沢ときの名を出しながら、「ガンとの闘い」に負けじと、病院でこう意欲を燃やしていたという。

 昨年6月、子宮頚ガンが見つかった彼女は、摘出手術を受けた後、2ヵ月間ほど東京・信濃町の慶応大病院に入院。その後、通院生活を送り、体調は快方に向かっていた。しかし、肺への転移が見つかり、今年4月に再入院して抗ガン剤と放射線による治療を受けていた。

「経過は悪くなかったんです。医師から『腫瘍が小さくなった』と説明され、彼女は『もっと体力をつけて頑張らなくちゃ』と、体調のいいときは病院内を散歩することを心掛けていました。最近では『早く治して家族みんなで旅行に行きたい』と話していたようです」(知人)

 その彼女が病院の非常階段スロープ下の地面で、意識不明の状態で倒れているのを発見されたのは5月26日午前6時前のこと。そして翌27日午後3時10分、坂井は親族に看取られて息を引き取った。死因は非常階段の踊り場から転落し、後頭部を強打したことによる脳挫傷。ガン闘病中だったこともあり、一時は自殺説も飛び交ったが、捜査関係者は、その可能性は現在のところ低いと証言する。

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【看護婦証言映像】

「踊り場から地面までの距離はわずか3m弱で、自殺を図る高さとは考えにくい。また、彼女の母親の『あの踊り場のスロープは娘にとって憩いの場所だった。よく早朝にスロープの手摺りに腰掛けて、ぼんやりしていることがありました』という証言もある。実際、彼女は母親に『あの場所は静かで、日の出も見えて、とても落ち着く場所なの』と自分がスロープ付近で散歩していることを話している。発見時の服装も靴は履いたままで、Tシャツにジーンズという散歩用の外出着だし、遺書も発見されていない。我々の間では、彼女が散歩中に誤って転落したのでは、と見ています」

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東京・六本木の所属事務所には記帳台と献花台が作られ、多くのファンが訪れ、手を合わせ冥福を祈っていた

5月30日、都内で近親者のみによる密葬が執り行われ、彼女の遺影は母親に抱えられていた

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坂井泉水マル秘画像】

(映像はこの奥)

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